教室の片隅で溜息をつく
 やっぱりここには僕の居場所がない












 の色が見たい














 寒いとわかっているけど、屋上に出てみる
 ドアを開けると、乾いた北風に迎えられた

「寒い・・・」

 右手に握り締めてきた紺色のマフラーを首にぐるりと巻く
 ベージュのセーターの袖を指先まで引っ張り出す
 壁に寄りかかって座り、左手に下げてきたコンビニの袋を地面に置いた

「もう嫌・・・」

 メロンパンをかじって、温かいペットボトルのお茶を飲む
 密閉された温かい教室にいすぎたせいで痛くなった頭が、少しだけすっきりしてくる

 人と違う能力を持ってるっていうのは、嫌だ
 人並みの能力を持っていなくてバカにされるより、ずっと嫌だ

「何で見えるんだろう?」

 僕は人の色が見える
 その人の気持ちが、色になって見えるんだ
 だから怒っている人は赤く見えるし、悲しい気持ちでいる人は青く見える

 もともと人とコミュニケーションをとるのが苦手な僕にとって、
 そうやって人の気持ちがわかるということは、いいことなのだと
 神様がこんな僕に与えくれた特別なプレゼントなんだと思うんだけど、
 でも現実には、その能力はちょっとした苦痛にもなっている

「昔に、戻りたい」

 幼稚園のときは、色が見えることは普通だと思っていた
 小学校のときは、そのことで酷く虐められた
 中学のときは、この能力が何かに生かせないかと必死に考えた
 そして高校に上がって、この能力の使い道がないという結論に達した
 いやもしかしたらあるのかもしれないけれど、僕は無理矢理にそう結論づけた

 一人でいるのはもちろん寂しいのだけど、それ以上に一緒にいたいと思う人ができてしまった
 僕が一緒にいたい、宝木蒼(たからぎしげる)
 ごく普通の、僕みたいじゃなくてごく普通の男の子
 僕と宝木の接点は、芸術の時間で席が隣であること
 教科書や資料集をよく忘れる宝木に、僕はよくそれらを見せる
 ただ、それだけ
 それだけなんだけど、一つだけ困ったことがある
 宝木の気持ちだけ、僕の目には映らないんだ

「目、見えなくなっちゃいたい」
「何で?」

 急に右のほうから声をかけられて僕は飛び上がる

「た・・・宝木?」
「寒くないの?」
「寒いよ」

 宝木は僕の隣にぺたんと座った
 僕はさり気なく宝木を見てみたけど、やっぱり彼の周りは無色透明

「じゃぁ何でいんの?」
「一人でいたい」
「・・・遠まわしにいなくなれって言ってる?」
「そういうつもりじゃない」
「そう」

 芸術のときとは逆の座り方だ
 いつもとは逆の宝木が見える、当たり前だけど

「昼はいつもここ?」
「いつもじゃないけど」
「ねぇ、お茶もらっちゃ駄目?」
「・・・いいよ」

 間接キス、そんな不謹慎な言葉が頭の中に浮かんだ

「田畑さぁ」
「何?」











「俺の色が見えなくて困ってる?」












 その言葉に僕は狼狽の色を隠せなかった
 人の色が見えるということを、高校にあがってからは誰にも話していなかった
 もちろん宝木も例外じゃない

「今、何て?」
「色、見えないでしょ?」
「どうして・・・それを?」













「俺も同じなの」

「おな・・・じ・・・?」

「そう、だから、一人じゃないよ」













 すっと抱きしめられて、優しくキスされた
 "一人じゃないよ"という言葉が頭の中をぐるぐると走り回る

「たから・・・ぎ・・・」
「びっくりした?」

 そう言って宝木はにっこりと笑った
 心が熱い、たまらなく熱くなっていく

「ホント?」
「ホント。ちなみに田畑、俺といるときいつもピンク」
「ピンク・・・」

 ピンクは大抵、幸せな気分とか、好きっていう気持ちのときに表れる
 ここは男子校だから、そう沢山見る色ではないけれど

「他のときは青かったり、黒かったりしてたけど」
「・・・そう」

 自分の色は見えない
 色なんか見えなくたって、気持ちがわかるから
 きっと明るい色ではないと思っていたけど、青とか黒だったんだ

「だから俺のこと好きかなって・・・違う?」
「違わなくないよ」
「よかった」
「何で宝木は色を消してるの?」
「お前に見られたくないから、って言うのは駄目?」

 別に理由にこだわるつもりはなかった
 宝木がそう言うなら、それが本当なのだと思うことにした

「色、出してみようか?」
「出して」












 久しぶりに人に何かを願った












 
「いくよ、驚くなよ?」
「うん」

 一瞬だけ、宝木が目を閉じた
 それから次の瞬間、宝木の周りの空気がピンク色になった
 吸い込まれたくなるような、そんな甘いピンク色になった

「どう?」
「・・・すごく、綺麗な色・・・」
「今、田畑のことだけを考えて、こんな色」

 もう一度抱きしめられて、もう一度キスされた
 温かくて、すごく嬉しかった

「田畑のこと、幸せにしたくなった」
「何で?」
「同じ運命にある者として・・・格好つけすぎ?」
「つけすぎ・・・だけど、何か嬉しい」
「能力に潰されてたから、可哀相だった」

 宝木は僕の頭を撫でて、僕はそれに従って甘えた

「でももう今は大丈夫でしょ?」
「・・・うん」
「俺がいるから、田畑のこと守るから」
「宝木は・・・嫌にならないの?」
「なったときもあった、あったけど・・・もう吹っ切れた」
「吹っ切れた?」
「そう、仕方がないからって。たまには役にもたつしね」

 そう言って僕のほうを見た
 それが僕の気持ちがわかったことだと気づいて、少し恥ずかしくなった

「一人じゃないよ」

 すごくすごく優しい言葉だと思った
 
「次、芸術だけど・・・どうする?」
「どうするって?」
「二人でサボらない?」
「え?」
「サボるだと聞こえが悪いか・・・じゃぁ二人きりでここにいない?」
「・・・いよう」

 同じように隣に座るんだったら、ここにいたほうがいい
 二人だけでいたいから
 こんな能力より、今は時間を止める能力が欲しいと思った











 やっと巡り逢えた、僕のことを理解してくれる人と一緒にいたいから




 


 


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