フェンスが壊れて立入禁止の屋上。
 でもそこへ続くドアの鍵は何故か開いたまま。
 日のあたる屋上に出て、一言柚山(ゆやま)は言った。

「俺、あと半年の命なの」 







 偽りの言葉と真実の愛










「それから桜田(さくらだ)のこと好き」
「俺のこと、好きなの?」
「うん。付き合って欲しいの」

 柚山とはあくまで普通の友達で、会えば話す程度だった。
 "好き"―柚山が言ったこの言葉の意味はわかっている。
 わかっていた上で、俺は"いいよ"と言った。
 柚山は悪いやつではなかったし、半年の命というのも気になった。








 1ヶ月経った。

「桜田、好き」

 柚山はよく俺に"好き"と言うようになった。

「ん。」

 俺はその度に自分より少なくとも10cmは下にある頭を、クシャクシャと優しく撫でた。
 俺はまだ好きと言えなかった。
 このときはまだ、戻れなくなるのが怖かったのだと思う。
 それに好きだと言っても偽り交じりのものになってしまう気がしていた。






 3ヶ月経った。
 俺たちは一緒に出かけることが多くなった。
 それから苗字じゃなくて、名前で呼ぶようになった。

「喜人(ひさと)好きだよ」

 亮(あきら)は相変わらず俺を好きだと言った。

「俺もだよ」

 俺はまだ自分の口から"好き"と言えなかった。
 だけど亮がいなくて寂しいと思う日があった。
 それから亮が誰かと話していると、嫉妬してしまうときがあった。






 4ヶ月経った。
 俺たちはキスをした。
 
「喜人・・・好き」
「俺も、亮が好き」

 俺は毎日のように亮が好きだと言った。
 もうこれが当たり前で、いつ亮のことを本当に好きになったのかは、わからなかった。
 カレンダーを見るたびに、胸が痛むようになった。
 そして亮の病名すら知らないことに、初めて俺は気がついた。





 5ヶ月経った。
 屋上に行って、二人で午後の授業をサボった。

「ねぇ喜人」
「なに?」
「最近、ここが痛い」

 亮が指差したのは心臓があるあたり。
 
「どんな風に痛いんだ?」
「キュッって感じ」

 亮を抱きしめる。
 この温もりが失われる日を想像するだけで、俺の胸にもキュッとした痛みがはしった。
 ずっと一緒にいたいという思いが、日に日に強くなっていた。






 ついに6ヶ月経った。
 また俺たちは屋上にいた。
 ただ、亮だけがフェンスの向こう側にいた。

「亮・・・何、してんだ?」
「死ぬの」

 何故、亮が死を選ぶのかわからなかった。

「俺、何かした?」

 声が震える。
 
「違う」
「じゃぁ何で」
「半年の命なんて嘘。そうでもしなきゃは喜人は相手してくれないって思ったから」

 俺の心には何故か安堵が生まれる。
 フェンスの向こう側の亮の姿が涙で歪んだ。

「だから死ぬの。今まで付き合ってくれてありがとう」
「亮・・・」
「喜人、何で泣いてるの?」

 亮が俺のほうを振り返る。

「お前が死ななくて、よかった」
 
 俺は亮を呼び寄せてフェンス越しにキスをする。

「戻ってこい」

 亮は素直に、俺と同じ場所へと戻ってきた。

「怒らないの?」
「お前がいればそれでいいよ」

 細い体を抱きしめる。
 もうこの温もりが失われることは、ない。

「本当に俺のこと好きなの?」
「好きだよ。今までに何度も言ってるだろ」
「全部、嘘だと思ってた。単なる同情だって・・・」

 違う、と俺は否定して、亮の涙を拭った。
 それからまたキスをして、もう離すもんかと強く、強く抱きしめた。

「愛してる」
「俺も、愛してるよ」

 それから、俺はもう一言。

「ずっと一緒にいような」



 偽りの言葉より生まれし、真実の愛。
 俺たちが守るべきものを、今、この場所で見つけた。 

 


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