君は僕にないものをいくつも持っていた。

 僕が欲しいと思うものの全てを君は持っていた。

 少なくとも僕の目にはそう映り、、、とても、羨ましかった。














「ないものねだり」














 転校生というのはこんなにも辛いものなのか。
 僕、高嶋幸助は毎日のようにそう思っている。

 父さんが交通事故に遭って下半身不随になり、僕の家は働き手を失った。
 それが去年、中学3年生のときのことだ。
 母さんは求人広告から探し当てた仕事先で必死に働いて、俺を卒業させてくれた上に、
 県立とはいえども普通の高校に進学までさせてくれた。
 そして今年になっていい医者がいるからと、父さんのために東京のほうへ家族で引越してきた。
 それで転校したのがこの私立高校なわけなのだ。
 風紀の乱れる都立高校に行かせるよりは、奨学金制度を使ってでも私立に行かせたい
 という母さんの思いは断じて変わることはなかった。

「はぁ・・・・・」

 今日も窓の外を眺めながら溜息をつく。
 勉強は気を抜きさえしなければ置いていかれる心配はなさそうだった。
 それよりも転校生として教室内で味わう孤独のほうがよほど辛いものだった。

「なぁ、サッカーしに行かねぇ?」
「行こうぜ!」

 昼休みとなれば特に僕は一人ぼっちになった。
 僕は窓の外にいるある人を目で追いながら暇な時間を過ごしていた。
 そのある人とは、僕のクラスのクラス委員を務める早川英樹だった。
 特別真面目なわけでもなく、髪も茶色くてピアスもしている。
 授業中もたまに寝ているし、成績だって中の下くらいだと思う。
 それでもクラスメイトや先生からの信頼は厚く、人気も高い。
 さっきサッカーをしようと皆を誘っていたのも彼だ。
 それから転校してきた僕に一番最初に声を掛けてくれたのも彼だ。
 
「早川・・・・・」

 クラス内でグループを作って何かの作業をするときも、
 早川は気さくな調子で俺に声をかけて、自分のグループにいれてくれた。
 さっぱりとした男らしさ、誰からも好かれるような感じの良い笑顔、
 クラスメイトの人気、先生からの信頼、スポーツ万能な運動神経、
 適度な筋肉と少し高めの背、誰とでも仲良くできる社交性・・・
 あげたらきりがないけれど、早川は僕にないものをいっぱい持っている。
 それが羨ましいと思う気持ちがいつしか恋に変わってしまっていた。
 気づけばいつも早川を目で追い、決して態度には出さなかったけれど、 
 早川が話しかけてくれれば胸が高鳴った。

「どうしよう・・・・」

 予鈴が鳴って、皆が教室へ戻ってくると、僕は授業の準備をし始めた。
 気合をいれていないと、頭はすぐに早川のことばかり考えてしまう。
 授業中だけではなく、家にいるときも、バイト中も、
 頭の中は早川のことでいっぱいになってしまっていた。

「起立、礼。」

 授業の開始とともに僕は気持ちを切り替えて、授業に集中した。




 それから何日か経った頃。
 放課後、僕は早川と二人っきりで図書室にいた。
 今日は図書委員の当番の日なのだが、もう一人の委員が用事があって出来ないというので、
 早川が代理を申し出てくれたのである。

「高嶋、お前バイトしてんだな。」
「え・・・・・」

 唐突に言われたその一言に僕は酷く驚いた。
 私立とは言え、学校としてはバイトをすることを認めている。
 学校が終わると早々に帰宅する俺を、
 大方のクラスメイトは塾に行っているのだと思い込んでいる。
 高校生だから自給は決してよくないけれど、
 父さんの治療費、そして生活費に少しでもあてられたらと思って僕はバイトをしている。
 なんで早川は僕がバイトをしていることを知っているんだろう?

「何で知ってるんだ?」
「実家に帰るとき通ったコンビニの中にお前がいたからさ。」 
「そうなのか。一人暮らししているのか?」
「あぁ、そうだよ。」

 図書室は静かで、僕と早川の声はいやによく響いた。

「塾じゃなかったんだな。」
「なんか皆そう思っているみたいだけど、そんな余裕はないんだ。」
「理由・・・きいてもいいか?」
「父さんが交通事故で下半身不随になってね・・・それで治療のためにこっちへ。」
「そうなのか・・・大変だな。」

 なんだかこうやって話していると、僕は早川のことを全然知らないんだと思い知らされた。

「二人しかいないと静かだな。」
「そうだね。」
「なぁ、高嶋。」
「何?」

 早川に名前を呼ばれただけで俺の心臓の鼓動は速くなる。

「二人になったら言おうと思ってたことがあるんだ。」

 その言葉に僕はあらぬ期待を抱いてしまう。
 しかしその後に続いた言葉は僕の期待をあっさりと裏切るものだった。

「勉強、教えてくれ。」
「・・・・いいよ。」

 それから早川は少しの間、何かに迷っているかのように黙り込んでしまった。
 僕がいいよと言うまでに、ほんの少しだけ間があったからだろうか。
 勝手に期待した僕が、感じの悪い返事をしてしまったのかもしれない。

「早川、勉強ならいつでも・・・」
「高嶋、もう一つ言うことがある。」
「もう一つ?」
「言うというか・・・悪い、許してくれ。」

 何を許せばいいのかを理解するまえに、僕は早川に抱きすくめられてキスされた。
 
「ん・・・・・」

 早川にキスされた僕の動揺は半端なものではなかった。
 動揺を隠せず、力いっぱい腕を振り回すようにして早川から離れた僕は、
 何かを言いかけた早川を残して図書室を飛び出した。

「なんで・・・なんで・・・」

 一人でただひたすら走って下駄箱のほうまで来てしまった。
 混乱する頭と、すごい速さで走る心臓、それから頬を伝う涙。
 何がどうなっているのかがすぐには理解できなくて、僕はその場に座り込んでしまった。

「なんで・・・僕はどうすれば・・・」

 ふざけてしているとは到底思えなかった。
 他人とした初めてのキスはある意味強く印象に残るものだった。
 自分が密かに想いを寄せていた、同性である早川からのキス。
 いつまでたってもおとなしくならない心臓と止まらない涙が動揺の大きさを表していた。

「鞄・・・・」

 かなりの時間が経って少し落ち着いた頃、僕は図書室に鞄を置いてきたことに気づいた。
 まだ早川は図書室にいるのだろうか。

「高嶋。」

 そんなことを考えていると、すぐ後ろで早川の声がして、僕は飛び上がりそうになった。

「早・・・・川・・・」
「鞄。」
「ありがと。」

 鞄を受け取るときに何故か手が震えた。

「何もしない。」
「え・・・・あの・・・」
「でも聞いてくれ。俺はお前が好きだ。お前が転校してきたときから好きだった。」

 真っ直ぐに見つめられてそう言われた。
 僕は頭がクラクラしてくるのを感じた。

「さっきは悪かった。」

 頭を下げる早川を黙って見ていることはできなかった。

「悪くなんか・・・ない・・・。」
「嫌だったんだろ?そんなに泣くほど・・・。」
「違う、これは違うんだ・・・」

 まるで自分に言い聞かせるかのように僕はそう呟いた。

「高嶋・・・。」

 鞄をそっと地面に置いて、僕はゆっくりと早川との距離を縮めた。
 そしてそのまま早川のほうへ抱きつくように倒れこんだ。

「高嶋っ・・・お前。」
「俺も・・・同じなんだ。」

 嗚咽をこらえながらやっとの思いでそう言った。
 そんな俺を早川の腕が優しく包み込んでくれた。




 その日から僕と早川は恋人同士という間柄になった。
 それでも日常は以前と変わらないよう、互いに務めた。
 だから休みの日に家を行き来するようになっても、
 一緒にどこかへ出かけたり、キスをしたりしても、
 早川は相変わらず皆と仲良くし、僕は一人でいた。
 前よりももっと早川は声をかけてくれるようになったけど、
 あまり極端にしないほうがいいと提案したのは僕のほうだった。
 それなのに、僕の胸の中にはほんの少し、嫉妬という気持ちが生まれていた。

「早川ー!レポート出した?」
「出してねぇ。いつまで?」
「昨日!」
「おい〜、今頃言うなよ〜。」
「今日雨すごいよなー。」
「警報出れば早く帰れるんじゃん?」
「警報出ねぇかなー?」

 いつもと変わらないこんな会話が日に日に僕を苦しめるようになってしまった。
 最初はあの中に入ってみたいと思うだけだった。
 でもそれはすぐに嫉妬にかき消され、早川を独占したいと思うようになった。
 休みの日は一緒にいることが多い。
 皆よりは一緒にいる時間が長いはずなのに、満足できない自分がいた。

「高嶋、今日も当番交代したからな。」
「あぁ、わかった。」





 結局その日は大雨強風警報が出て、残っていた僕達は家に帰されることになった。

「高嶋、急ぐか?」
「別に。」
「俺の家寄っていかねぇ?」
「いいよ。」

 傘をさしていても、早川の家に着く頃には体はびしょ濡れになっていた。

「ほら、タオルで拭け。」
「ありがとう。」

 早川からタオルを受け取って、腕や髪の毛を拭く。

「なぁ、高嶋。」
「何?」

 僕と同じように体を拭きながら、早川が声をかけてきた。

「名前で呼んでもいい?」
「・・・・いいよ。」
「俺のことも呼べよ、名前で。」
「うん・・・でも二人だけのときだけだよ。」
「何で?」
「だって、なんか・・・」
「そんなに他人の目が気になるか?」
「気にはなるよ。」

 僕のその態度が早川の癪に障ってしまったらしかった。

「名前で呼び合うくらい、いいだろ!」
「別に悪いとは言ってないよ。でも・・・」
「なんかお前、俺と距離置きすぎてる。」
「だって急に仲良くなったらおかしいだろ?」
「俺だけじゃない。お前は人と距離を置きすぎなんだよ。」
「そんなこと言われたって・・・」
「俺だって声かけたりしてるだろ!」
「僕は早川みたいな人じゃないんだ!」

 ついには言い合いになってしまった。
 ほんの些細なことだけど、僕の中で溜めていたものが爆発してしまった。

「早川は皆とばっか仲良くして、いっぱい笑って・・・」
「何だよ?以前と同じようにしろって言ったのはお前だろ?」
「そうだけど、そうだけど・・・・」

 そんなことはわかっていたけれど、僕は早川の言い分を素直に受け入れられなかった。
 
「皆がお前を避けているわけじゃないのに、お前がそういう態度でいるなら
 いつまで経っても一人だぞ。」
「一人って・・・早川が来てくれればいいじゃないか!」
「俺が行けば行ったで、以前と変わって都合が悪いんじゃないのか?」

 早川がすごく意地悪に思えた。
 
「帰る。」
「雨すごいからもう少しいろって。」
「帰る。」

 止める早川を振り切って、僕は早川の家を飛び出した。
 雨と風邪はは更に激しさを増して、さっきの比ではないほどまでに濡れてしまった。
 でもそんなこと今の僕にはどうでもよかった。
 
 早川との喧嘩が僕の胸を締め付けて、すごくすごく苦しかった。




 雨で濡れたせいか、僕は風邪をひいて3日も学校を休むことになった。
 そのために母さんには心配をかけてしまったし、父さんのお見舞いにも行けなかった。

「・・・早川。」

 あれから早川からは電話もメールも全く無くて寂しかった。
 喧嘩の原因は俺にあるとわかっているからこそ、自分から連絡をとるのが怖かった。

「英樹って・・・呼びたいな。」

 それも叶わない夢になってしまうかもしれないと思うと涙が溢れてきて、
 僕は枕に顔を押し付けてしばらく泣き続けた。


 学校へ行っても、早川とは口がきけなかった。
 お互いに目を合わせようともしなかった。
 このままで終わりたくはなかったけれど、僕には勇気がなかった。

 そんな風に一週間が過ぎてしまった頃、僕の家に早川から電話がかかってきた。
 今日はバイトがなくて、僕は一人で家にいた。

「はい、もしもし。」
「高嶋か?」
「・・・・うん。どうか、したの?」

 ひどく緊張して声が震えた。

「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「は、早川・・・?」
「俺たち、別れたほうがいいのか?」

 早川の声も酷く震えていた。

「え・・・・・。」
「ろくに話しもしねぇのにさ・・・」

 頭の中が真っ白になって、僕は夢中で叫んだ。

「待って、会って話そう!今からそっちに行く!」

 早川の返事を待たずに乱暴に受話器を戻した。
 家を飛び出して、早川の家まで必死に走った。






 インターホンを押すと、目の前に早川が立っていた。
 
「早川・・・。」
「とにかく中に入れ。」
「あ・・・あぁ。」

 ドアが後ろで静かに閉まると同時に、早川が俺を強く抱きしめた。

「早川っ・・・」
「やっぱりお前が好きなんだ、俺・・・」
「・・・・・・」
「お前はどうだ?俺が・・・好きか?」
「もちろん・・・好きだよ。」

 涙が溢れてきた。
 今までの不安が一気に安心に変わったからだ。

「この間は・・・ごめん・・・」
「あれは俺が悪かったんだ、気にするな。」
「悪いのは俺のほうだって・・・」
「そんなことねぇよ。なぁ、キスしていいか?」

 僕の体温がその言葉だけですごく上がった。
 ドキドキする胸を抑えながら、僕は首を縦に動かした。

「大好きだよ・・・幸助。」
「ん・・・・・」

 名前を呼ばれたことが嬉しくてしょうがなかった。
 英樹の背中にぎこちなくではあるけれど、両腕をまわした。
 
「幸助、この後平気か?」
「平気だよ。」
「なんか今すげぇ幸助としてぇ。」
「何を?」
「このキスの続き。わかるだろう?」

 意味を察した僕はとたんに真っ赤になってしまった。

「僕・・・わかんないよ。」
「俺だって詳しくねぇよ。」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。愛があれば。」

 英樹は最後の部分を強調するように言って、俺の手を引いて部屋へと向かった。



アクセス解析 SEO/SEO対策