何でだと思う?雨の日は寂しくなる、誰かと一緒にいたくなる....


 ...多分、雨の日は泣きたくなるから










 
  ... 雨ノ唄 ...











 中2のときに親が再婚して兄貴ができた
 それから2年経って、俺は高1になった
 3つ上の兄貴の名前は和(やまと)で、今は美容系の専門学校に通っている


「直志(なおゆき)、今日遅い?」
「部活、あるから多分」
「悪いんだけどおばあちゃんのところ行ってくるから、帰りにご飯買ってきてくれない?」
「いいよ」


 出掛けに母さんが言う
 それに俺は淡々と答えて、鞄を肩にかけて立ち上がった


「お兄ちゃんの分もね」
「・・・わかってる」


 母さんは実の息子の俺より、兄貴のほうが気に入っているらしい
 父さんは去年の冬から単身赴任で、九州に行っている
 だからこの家には、母さんと俺と兄貴の3人しかいない


「いってきます」
「いってらっしゃい」


 兄貴は何でもそつなくこなせる人だった
 高校のとき、兄貴は学校の寮にいたから顔を合わせることは少なかったけど、
 成績も良くて、スポーツもできて、生徒会もやってたらしい
 俺とは大違いの、華やかな高校生活だ


「なお、いってらっしゃい」


 起きたばかりの兄が、玄関で俺を送ってくれた
 背の低い母さんの横に立つと、兄貴は余計に背が高く見える
 母さんの血を引いて、背があまり高くない俺と兄貴との身長差は20cmほどあった

 
















「最近、雨ばっかだよな」
「梅雨だからじゃん?」


 隣の席のヤツとそんな話をしていた
 昼から振り出した雨は細かい霧雨で、湿気も多いし、昼なのに外は暗かった

「部活なしか」
「あー、帰りメシ買って帰んなきゃ」
「何で?」
「母さんいないから」


 それから弁当屋の話をして、芸能人だとかテレビだとかのクダラナイ話に流れて、
 それから俺もそいつも次の授業中は、頬杖をついて寝ていた
 これが俺の日常で、大したこともないものだった


「だるい」

 
 教科書を後ろのロッカーに突っ込んで、俺は家に帰る
 サッカー部だから、今日は部活は休み
 弁当を買って、ズボンの裾を濡らしながら俺は家に帰った
















「おかえり」
「ただいま」


 "理想"の兄と、二人きりで夕食
 ばあちゃんが寝たきりになってから、週1、2回はこれがある


「なお、高校どう?」
「別に」
「部活は?」
「今日なかったし」


 兄貴との会話もさして盛り上がらない
 別に兄貴のことが嫌いなわけじゃなくて、ちょっとムカつくだけった
 優しいし、頭もいいし、、、背も高い
 俺にないものばっか持っていて、不公平をすごく感じる
 

「何?」
「なんでもない」


 兄貴を羨ましいと思うことがいっぱいあった
 だけど意地っ張りな俺は、素直に兄貴のようになろうとはできなかった
 俺は俺だからとか言って、有意義とは程遠い生活をしてる


「ごちそうさま」


 食器を流しに置いて、俺は自分の部屋に戻った
 


 
 

 

 
 
 

 何日か経って、俺は兄貴と喧嘩した
 テストの点数が悪かった俺は、母さんに小言を言われた
 そこに兄貴が通りかかってこう言ったんだ


「わかんないことがあったら、俺にきいてもいいからね」


 その言葉にカチンときた
 兄貴だって、厭味でそれを言ったわけじゃないと思う
 でも優しく言われれば言われるほど、俺は反発してしまった

 気づいたときには雨の中、家を飛び出していた
 傘も持っていないし、サンダル履きの足はびしょびしょだった


「・・・・」


 何を言ったかも覚えてないし、このまま家に帰るのも嫌だった
 仕方がない俺は、公園の遊具の中で雨宿りをすることにした


「俺、最悪」

 
 自己嫌悪
 こういうことを言う、言葉だと思った
 意地っぱりは最悪だ、そう呟いて俺は顔を伏せた


「俺、兄貴のこと嫌いなのかなぁ・・・」


 嫌いじゃない、きっと嫌いじゃない
 羨ましいだけ、兄貴のようになれたらいいなと思うだけ....
 俺は俺が嫌だから、兄貴のように、できる人になりたいだけ....


 雨とは違うの水の雫が、頬を伝った

 思い出した、ここは俺の泣き場所だったんだ

 親父がいなくて、寂しくなったとき、俺はここで泣いていた

 夕方、友達がみんな帰った後で、ここに戻ってきて泣いていた

 意地っ張りだけど、寂しがり屋で泣き虫な俺

 バカだし、背も高くないし、悪いところばっかな俺

 15歳の男が思うことじゃないと思っても、誰かに抱きしめられたいと、思った


「なお?」


 背中のほうで、兄貴の声がした
 ちらりと振り返ってみると、傘をさした兄貴が俺のことを見ていた
 心配そうな目で、ズボンの裾を雨と泥で汚して
 俺を探して走ってきてくれたんだ、そう思ってなんか辛くなった


「なお、ごめんね」
「・・・・・」
「なお、帰ろう」
「・・・・・」
「なお、風邪ひくよ」


 俺は何も答えないで、じっとしていた
 なお、なお、と兄貴に呼ばれるたびに胸が締め付けられていく
 俺は、なおと呼ばれることが好きだった
 子供のころのように、なおと呼ばれることが好きだった


「はやく帰っておいで」


 しばらくして兄貴は帰っていった
 俺は一言も口を聞かないで、痛い胸を押さえて、また泣いていた
 胸の痛みの中に、兄貴を想う気持ちがあることに気づいて、
 嫌いどころか、憧れどころか、兄貴への恋心に気づいて、俺の目から涙が、溢れていった

 顔を伏せていたら、いつのまにか俺は眠っていたらしい
 ただほんの少しの間だったみたいだけど、夢の中で兄貴が出てきた
 俺は兄貴と、この場所で遊んでいた
 いるはずのない兄貴と遊んでいる俺は、何故だかすごく幸せだった

 夢から覚めて顔をあげると、すぐ後ろに兄貴の傘が置いてあった














 兄貴の傘を差して、兄貴の優しさを心にしまって、俺は家に帰った
 傘、もう1本持ってたかな そう思ったけど、風呂場はまだ暖かかったし、
 洗濯機の中にはびしょぬれの兄貴の服が放り込んであった
 

「ごめん」


 意地っ張りな俺は、一人で呟くことしかできなかった



 俺が思ったとおり、兄貴は風邪をひいたらしい
 兄貴と同じように雨に濡れた俺は、バカだからか風邪をひかなかった
 咳をしながら、机に向かっている兄貴を見て、心の中で謝った
 あの時以来、兄貴とは口を聞いていない


「母さん、風邪薬・・・どこだっけ?」


 兄貴が風呂に入ってる間に、俺は薬と水を兄貴の机の上に置き去りしてきた
 近くのメモ帳に「ごめん」と走り書きをして
 俺の精一杯は、これだけだった











 
 次の日、また母さんがいなかった 
 また兄貴と俺の二人きりの夕食の日がやってきた
 気まずい思いで、俺はいつものように弁当を買ってきた


「おかえり」
「・・・ただいま」


 兄貴の風邪は、少しはよくなったみたいだった


「薬、ありがとね」
「・・・うん」
「なおは、大丈夫?」
「平気」
「よかった」


 俺は弁当の具をつつきながら、兄貴の顔を盗み見た


「兄貴・・・」
「ん?」
「こないだ、傘・・・」
「あぁ、別にいいよ」


 ありがとうも、ごめんねも、言えなかった


「なお、自分嫌い?」
「・・・・」
「意地っ張りとか、思ってる?」


 兄貴は、見ていないようで俺を見ている
 悔しいけど、少しだけ嬉しかった


「・・・意地っ張りとか最悪」
「意地っ張りは悪くないよ、一つのことに執着できるのはいいことだよ」
「執着とか・・・」
「ちょっと聞こえ悪いか・・・自分の考えを曲げないのはいいことだよ、これなら?」
「・・・」
「なおのことは、結構よくわかってるつもりだけど」
「本当のことわかってんの?」
「意地っ張り、泣き虫、寂しがりや・・・どう?」
「何で?」
「なおのこと、よく見てるから」


 胸が痛くなった
 兄貴は俺を知っている、でも俺は兄貴を知らない
 

「なお、何でだと思う?雨の日は寂しくなる、誰かと一緒にいたくなるんだ」


 兄貴が急にこんなことを言い出した
 考えて、考えて、俺はこう答えた


「・・・多分、雨の日は泣きたくなるから」


 この言葉で知らなかった兄貴のことを、少しだけわかった
 兄貴も、俺と同じで寂しがり屋なんだ
















 兄貴は相変わらず、何事もそつにこなせる人で、俺はバカなままだった
 それでも俺と兄貴の距離は前よりも近くなった


「おばあちゃんのところ行ってくるから」


 母さんのいない日は、兄貴と二人きりになれる
 

「雨、やまないね」
「うん・・・」


 レンタル屋で借りてきたビデオをデッキにセットする
 少し前に話題になった恋愛系の邦画だった


「なお、半袖で寒くない?」
「ちょっと・・・」


 俺がそう言うと、兄貴は自分の着ていた上着を俺に掛けてくれた


「いいよ、兄貴寒いから」


 俺が上着を兄貴の手に押し付ける


「いいから」
「でも・・・うん・・・ありがと」
「じゃぁ、こうしていい?」


 後ろからぎゅっと抱きしめられて、すごく暖かくなった
 

「うん・・・」
「駄目?」
「・・・映画、見れない」
「何で?」
「何でって・・・」


 兄貴に、好きだとは言ってない
 でも、兄貴は何となく気づいているらしい


「映画、見よう?」


 男二人でくっついて、恋愛の映画を見るなんてどうかしてると思う
 だけど、何だかこの時間が一番幸せに思えて


「なお」
「ん?」
「心臓、どきどきしてる」
「・・・兄貴が、こんなことするから」
「気持ち、悪い?」
「ぅうん・・・」


 結局、映画は大して見れなかった
 兄貴も俺のことは嫌いじゃないみたいだけど、俺と同じなのかわからなかった


「もう、寝る?」
「・・・うん」

 
 おやすみと言って、ベッドに横になって目を閉じると兄貴の顔が浮かんできた
 夢にも、兄貴が出てきた
 俺は、あの日以来ずっと兄貴のことばかり考えて過ごしている


 いつの間にか兄貴は、理想でも、憧れでもなくなっていた
 ただ、ただ、恋しく想う、それだけの人になっていた









 次の日、目を覚ますと久しぶりの快晴だった
 寂しくて、泣きたくなるような雨の季節は、もう終わったみたいだった







アクセス解析 SEO/SEO対策