*** Christmas Rose ***





 気温5℃
 いくら寒くても、新聞くらいは取りにいかないとね
 もそもそと布団から抜け出して、
 布団の上に投げ捨てておいたジャケットを羽織る
 ドアを開けて、、、そう思ったがドアが開かない
 どうやらドアの向こう側に何かがあって邪魔をしているみたいだ
 俺は力を込めてドアを押す
 
「・・・・・人?」

 ドアの向こう側の邪魔者は、人間だった
 俺より全然年下の、まだあどけなさの残る少年

「・・・・・何で?」

 俺は新聞を取りに行くのを諦め、少年を部屋の中に引っ張り込んだ
 










 しばらくソファに寝かせておくと、少年の顔に血の気が戻ってきた
 元々色白なようだが、寒い中にいたせいで半ば青白い顔をしていたのだ
 
「まつげ長いなー」

 背丈は俺より低くて、多分170センチ代
 筋肉はあるけど、かなり細身の体つき
 髪は赤茶色、肌は色白で、すごくまつげが長い
 それから服装はいたって普通のジーパン、セーター、コート
 でも、結構高そうな感じだ
 俺の少年観察は数分で終わった

「家出かな?」

 俺は携帯を手に取り、押しなれた番号にコールする
 こんな朝早くでも確実に起きている、西谷凌太郎(にしやりょうたろう)に

「もしもし」
「ユキか?」
「あぁ」

 俺の本名は瀬早由貴(せはやよしき)という

「朝早くからどうした?」
「ちょっと困ったもん拾ったんだ」
「何だ?困ったもんって」
「人間」
「人間?!」
「今から来てくれるとありがたいんだけど」
「・・・行く」

 上手く好奇心を刺激できたみたいだ
 数分で西谷は俺の家にやってきた










 
「お前、どこで拾ったんだ?」
「ん?家の前」

 そういえば新聞を取りに行かないといけないな
 言い忘れていたが、西谷が住んでいるのは俺の隣の部屋だったりする

「まさかここにいるとはね・・・」
「こいつのこと知っているのか?」
「お、お前知らないのか?」
「知らないね」
「保谷浪(やすたにらん)、本名保浦深浪(やすうらみなみ)」
「本名?最初のは芸名か?」
「あぁ、そうだ。今人気絶頂の歌手だ」
「はぁーこいつがねー」
「知らないお前はどうかと思う」
「そんなに有名か?」
「テレビつけたら毎日見れる・・・ってテレビないんだったな」

 俺の家にはテレビがない
 新聞もこの間まで取っていなかったのだ

「で、さっきのまさかっていうのは何?」
「いや、俺の知り合いがこいつのマネージャーやっててさ。
 一昨日からいなくなったって騒いでたから」
「仕事は?」
「CDのジャケット撮影でイギリスに行く予定だったからな・・・」
「テレビのほうにはまだ?」
「あぁ・・・」

 俺が思っていたよりも事態は厄介らしい
 確かに芸能界でもやっていけそうな出で立ちはあるが・・・
 俺がそんなことを考えているときだった

「ん・・・・」

 俺と西谷の間に緊張がはしる
 保谷こと保浦は起き上がってぼんやりとしている

「誰?」
「瀬早由貴」
「西谷凌太郎」

 ひとまず名を名乗ってみる

「何で、俺ここに・・・?」
「お前が俺の家の前にいたんだ」
「俺・・・俺、誰?」
「え?」
「自分が誰だか・・・わからない」

 記憶喪失か?
 話がますます厄介になってきた
 西谷も同じように感じたらしく苦笑を返してきた

「お前は保浦深浪、保谷浪という名前で歌手をしている」

 西谷がそう告げると、保浦は首をかしげた

「歌手?」
「そうだ」
「思い出せない」

 俺と西谷は顔を見合わせる
 
「無理に思い出さなくてもいいんじゃない?」
「思い出したくないから忘れているみたいだからな」
「俺・・・どうすれば」
「ひとまず、ここにいな」

 まさか追い出すわけにもいかない
 フリーターとはいえ、俺は金を持っている
 この間、ふざけ半分に買った1枚の宝くじで5000万をあてた
 嘘のような本当の話だ

「西谷、朝食食ってくか?」
「あぁ」
「カップ麺、3つあるといいな。なぁ・・・何て呼べばいい?」

 俺は保浦にきいてみる
 金はあっても食品の蓄えは少ない

「深浪で・・・構いません」

 意外とはっきりとした答えを返された

「じゃぁ深浪って呼ぶぞ」

 俺はキッチンへ、西谷と深浪はちゃぶ台へ
 俺の家にはちゃぶ台がある

「あ・・・・」
「どうしたユキ?」

 戸棚の中にあったカップ麺の数は、、、2つだった









 その日の朝はじゃんけんで負けた西谷がコンビニまで走り
 食糧不足は解決した

 それから5日経った今日も深浪は俺の家にいた

「深浪、晩御飯何がいい?」
「何でもいい」

 すっかり仲良しの俺達だ
 西谷に言わせると、俺には下心があるらしい
 そんなつもりはないんだけど、深浪は可愛い
 深浪くらいの可愛さがあれば男でも抱けそうだ
 あぁ、これは下心になるか

「今日、西谷さん来る?」
「あぁ、来るかもね」

 深浪の記憶はまだ戻っていない
 まだバレてないのか、誰かが必死に走り回っているのか
 昨日、電気屋でテレビを見たときには何の報道もなかった

「ユキは西谷さん好きだよね」
「ん?深浪のほうが好きよ、俺は」

 ふざけて抱きしめてやっても、深浪は嫌がらない
 何だか小動物みたいに擦り寄ってきたりもする
 愛情の乏しい家庭に育ったか、大失恋でもしたかなと俺は考える

「深浪、可愛い」
「ユキ、好き」

 これじゃぁまるで恋人同士だけど、俺達は違う
 残念ながらね

「ねぇ」
「ん?」
「なんか・・・肉食べたい」
「肉?牛鳥豚どれ?」
「・・・鳥?」
「じゃぁ焼鳥ね」

 季節的にはチキンも悪くないけれど、
 一本向こうの路地に美味しい焼鳥屋がある
頑固っぽい親父が軽トラックで売りにくるやつだ

「買いに行こうか」








 焼鳥屋の前で西谷に会った
 いや正確には西谷達に会った
 深浪は深めに被っていた帽子の鍔を持ち上げて俺を見上げた

「ねぇユキ、西谷さんと一緒にいる人って誰?」
「香良洲田尋也(からすだひろなり)、西谷の恋人」
「本当に恋人?」
「うん、もうエッチしてる」
「・・・へぇ」

 西谷に会話を拾われたっぽいが、流しておく

「ユキさん、こんばんわ」

 香良洲田はちゃんと挨拶ができるいい子だ
 俺に挨拶をするときに西谷と繋いでいた手を離したもんだから
 西谷がちょっとつまらなそうな顔をした
 俺は笑いをかみ殺す
 
「君たち、どこに向かってる?」
「お前ん家」

 つまらなそうな顔のまま西谷がそう答える

「あそ・・・今夜は焼鳥だけどいい?」
「何でもいい」
「じゃぁ、鍵渡すから上がってて」
「ん」

 香良洲田が振り返って、深浪を見た
 西谷から聞かされているだろうから騒ぎはしないが
 それでも興味がないわけじゃぁなさそうだ

「おじさん、モモ8本とつくね4本、あぁそれから軟骨2本お願いね」











 部屋に戻って、4人でそれからちょっとした宴会
 とは言っても、西谷は下戸で深浪は未成年
 それでもって俺は、ザル
 飲酒する上で一番厄介なのが香良洲田だ

「リョウ〜、大好きぃ〜」

 わかるとは思うけど、リョウは西谷のことね

「尋也、酔ってるなお前」
「酔ってない、酔ってない」
「ユキの家だとお前飲みすぎるから」
「そんなことないよぉ〜、ねぇユキさぁん?」
「さぁ」

 未成年である深浪は大人しくウーロン茶を飲んでいる
 どうやら酒癖が悪い自覚があるらしい

「そろそろ俺たち帰るわ」
「もうちょっといれば?」
「いや、尋也がヤバ・・・・」

 酔っ払った香良洲田が西谷にキスをして言葉を遮る
 べったりとくっついている姿を見ると、苦笑するしかない
 
「おい!」
「熱いね、君たち」

 西谷達を隣の部屋に返して、深浪とちゃぶ台の上を片づける

「ふぅ」
「香良洲田さん、大丈夫かな・・・」
「西谷がいるから大丈夫」

 俺がそう言うと、深浪が何か言いたそうな瞳で俺を見上げる

「どうした?」
「・・・何でもない」
「深浪」

 深浪はぎゅっと俺に抱きついて、くぐもった声で言った

「大切な人・・・欲しい」

 きっと何かを思い出したわけじゃないと思う
 でも深浪は西谷と香良洲田を見て、何かを感じたんだろう
 記憶に繋がるものではないのかもしれないが・・・

「俺がなってやるよ」

 こんなことを言ってみた
 そしたらそうならなきゃいけない気がした
 そうなりたいという気持ちになった
 
「好きだよ、深浪」

 俺はそのままキスをしてしまった
 深浪は何故か泣いていた

 やっぱり俺は、深浪に惚れてしまっていたみたいだった












 明日はクリスマス、そんな日のことだった
 西谷から携帯に電話があった

「保谷のことがバレた」
「・・・今、どんな感じ?」
「記者会見とかしてかなりの騒ぎになってる」

 この時期だ
 売れっ子歌手の深浪ならライブやら歌番組に引っ張りダコなはずだ
 西谷はテレビを見ているのか、背後で声が聞こえた
 その声の中から「歌手の保谷浪さんが―」そんな言葉を拾うことができた

「ユキ・・・」
「心配するな」

 西谷との電話を切り、深浪のほうへ向き直る
 何かを思い出そうとするかのように、深浪は頭を抱えた

「深浪」
「俺、みんなに迷惑・・・かけてる」
「お前のせいじゃない」

 深浪がゆっくりと顔を上げた
 そして突然、詩のようなものを口にし始めた

"僕が握った手
君が握り返した手
強く繋がれた二つの手
悴んでいたその手と手は
いつの間にかすごく暖かくなって
寒さにしかめっ面だった僕たちは
いつの間にか笑顔になってた
そんな冬の帰り道"
 
「深浪?」
「頭の中に浮かんできた・・・多分、歌・・・」

 深浪は瞳をゆっくりと閉じる
 そして今度は違う歌を口ずさみ始めた
 
 "肩寄せ合う君と僕の元に降ってきた粉雪は
  決して積もることはないけれど
  それでも聖なる夜にはふさわしい
  白く輝く世界にはなれないけれど
  少し曇った星空と高層ビルの足元で
  僕たちはキスをした"

「クリスマスの歌だね」
「そう・・・少しずつ思い出してきた気がする」

 深浪が記憶を取り戻している
 それはいいことであるはずなのに、素直な喜びが感じられない
 それはきっと怖いんだと思う
 俺の知らない深浪の世界というものが
 深浪の中に流れ込んできて、彼を支配してしまうことが

「少し思い出してきたよ・・・ユキ?」
「ん?」
「なんでそんな顔するの?」
「そんな顔って?」
「何だか、寂しそうだよ」

 記憶が戻ってもユキと俺の距離が遠くなるわけじゃない
 
「ユキどうしたの?ねぇ?」

 俺は黙って深浪を抱きしめた
 そうせずにはいられなかった

「俺の知らない深浪が増えるのが嫌なんだ」

 隠しても仕方がないから深浪にはっきりと言った
 そんな俺を真っ直ぐ見つめて深浪は言う

「俺だってユキのこと、全部知ってるわけじゃない」
「・・・そうだよな」

 深浪は背伸びして俺にキスをした

「好き、ユキのこと好き」
「俺も好きだよ、深浪のこと」

 心が温かくなって、泣きたくなった
 この間、深浪が泣いていた理由がやっとわかった

 








 
 深浪の記憶は、完全とはいえないまでも殆ど戻った
 クリスマスの仕事は全部キャンセル
 テレビの芸能ニュースは深浪の話で持ちきりだった

「仕事、嫌だったの?」
「そうじゃないけど、ちょっと走りすぎちゃった」
「芸能界も楽じゃない、か」
 
 記者会見を終えた深浪が俺の家にやってきていた

「そう、俺ね思い出したの」
「何を?」
「ユキと前に会ったことあった」
「え?」
「ユキが初ライブのときのスタッフさんだった」
「嘘?!」
「したことあるでしょ、スタッフ」
「日雇いで何度か・・・なんで覚えてたの?」
「始まるときに呼びにきたのがユキで、なんか覚えてた」
「インパクトある顔じゃないのにね」

 俺は表情が豊かなわけじゃないし、どちらかといえば薄い
 人の記憶の中に残るほどの人間でもないと思う
 でも何故か、深浪の記憶の中には居座っていたわけだ

「運命?」
「そうかもね」
「ちょっとすごいよね」
「確かに。今年は特別だったよ」
「何が特別?」
「サンタがきた」
「サンタがきた?」
「深浪を届けてくれた」
「俺もユキに会えた」

 一緒に過ごしていた間にわかった互いのことは決して多くない
 それでも俺達は惹かれあい、こうしてここにいる
 温かい気持ちにさせてくれる人間が隣にいるのはいい

「来年も一緒にいようね」
「もちろん・・・来年だけ?」
「ううん、ずっと」

 今まで生きてきた中での最高のクリスマスだったと思う
 深浪がいることで、俺も知らない"俺"が現れるかもしれない
 

「ずっと、な」

 抱き寄せてキスをしようとしたときに、インターホンが鳴った
 俺の部屋を尋ねてくるやつなんてホントに少ない
 きっと西谷に決まってる

「「はいはい」」

 俺たちは声をそろえてそう言って、苦笑しながら玄関に向かった





 


 クリスマスローズ、その花言葉は 追憶...... 




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