..... thirteen .....




 
「義基兄ちゃん、しばらく泊めて。」

 そんな俺の我ままを義基兄ちゃんは快く承諾してくれた。

 こないだ中学2年になった俺、藤島霞は生まれて初めて家出をした。
 理由は家族関係のこと。
 母さんは俺が10歳、妹の桜が4歳のときに離婚して家を出て行った。
 こんなことはあまり言いたくはないけど、他の男のところへ行ったんだ。 
 それから3年経った今、父さんが再婚することになった。
 相手の女の人には2歳半くらいの女の子がいる。しかも父さんの子だ。
 再婚自体に反対するつもりはなかった。
 でもその女の子が父さんの子だということは俺にとっては大きなショックだった。
 その子が2歳半になるということは、母さんと離婚する前から関係があったってことだ。
 それに父さんは男の俺があまり好きではないみたいで、妹ばかり可愛がっている。
 再婚だって7歳になった妹には、やはり母親が必要だとか言って、
 俺のことなんか何も考えていないみたいだった。
 そのことで父さんと喧嘩して、俺は家出をした。

「どうしたの?」

 義基兄ちゃんは俺の従兄弟で、もう26歳になる。
 父さんの1番上のお兄さん(俺からみれば叔父さん)の一人息子で、
 おじいちゃんの農家を継いだおじさん夫婦と離れて、こっちで仕事をしている。

「家出してきた。」
「お父さんと喧嘩?」
「そう。絶対帰らない。」
「家出なんて、霞も若いな。」

 俺の態度に、義基兄ちゃんは苦笑いを浮かべた。

「ごめん、義基兄ちゃんのところしか行くあてがなくて。」
「別にいいよ。」

 今日は土曜日。月曜日からはここから学校に通う。
 もう少しで期末試験で、その後は夏休みだ。

「いいんだけど、ベッド一つしかないよ。」
「リビングのソファでいいよ。」
「いいよ、俺そこで寝るから霞はベッド使いな。」
「ううん、急に俺が押しかけたんだから。」

 それから義基兄ちゃんに父さんとの喧嘩のことをいっぱい話した。

「お母さんは確かにいたほうがいいと俺は思うよ。」
「そうかな?」
「うん、特に桜ちゃんは女の子だから。」
「義基兄ちゃんも桜のために必要だと思うの?」
「もちろん霞にも必要だと思うよ。でも桜ちゃんは7歳でしょ?」
「うん、今小2。」
「これから大きくなって女の子らしい悩みとか出てくるからさ。
 そういうときにやっぱりお母さんって存在はいたほうがいいよ。」

 そう言われればそんな気もしてくる。
 でも家に帰りたいという気持ちは起こらなかった。

「ねぇ、義基兄ちゃん。」
「何?」
「父さんに電話しないでね。」
「心配してると思うから連絡くらいはしておいたほうがいいんじゃない?」
「そんなことしたら俺、あの家に戻らなきゃいけなくなる。」
「大丈夫だよ。そしたら俺が上手く言ってあげるから。」

 夜になってから、俺は父さんに電話をかけた。
 案の定、迷惑だから帰って来なさいって言われたけれど、
 俺は嫌だと言って、受話器を義基兄ちゃんに渡してしまった。

「大丈夫です。俺、一人なんで、はい。」

 義基兄ちゃんが何か言っているのが聞こえる。
 "大丈夫です。" "迷惑なんかじゃありませんから。"
 そう繰り返す義基兄ちゃんを見て、俺は少し申し訳なく思ってしまった。
 家には帰りたくない、でも義基兄ちゃんに迷惑はかけたくない。
 我ままと理性が自分の中で戦っている、そんな風に感じた。

「霞?」

 気づいたら義基兄ちゃんは父さんの電話を終えて、俺の側に来ていた。
 
「父さん、何だって?」
「別にいてもいいって。でも学校はちゃんと行けってさ。」
「行くよ、学校は。義基兄ちゃん、ごめんね。」
「いいって。たまには違う場所で生活してみるのも悪くないよ。
 それに俺も一人でいるよりは張り合いがあるし。」
「でも、なんか・・・迷惑かけてる気がして、俺・・・」

 それ以上言葉が続かなかった。
 義基兄ちゃんがすごく優しいのと、自分の我ままさが情けないのとで、
 涙が溢れて止まらなくなってしまった。
 母さんが出て行ったあの日に泣いたきり、今まで一度も泣かなかったのに。

 そんな俺を義基兄ちゃんは黙って抱きしめて、頭を撫でてくれた。
 その義基兄ちゃんに、俺は一瞬だけ母さんの姿を重ねた。





 次の日は義基兄ちゃんと買い物に行った。
 昨日のことを思い出して、少し恥ずかしくなったけれど、
 義基兄ちゃんはそのことを話題には出さないでいてくれた。
 昼ご飯は外で、晩ご飯は二人で作って食べた。
 義基兄ちゃんは外食が多いって言ってたけど、料理は結構上手かった。

 その次の日は俺は学校に、義基兄ちゃんは会社に行った。
 それが5日間続いて、また土曜日になって、
 俺が義基兄ちゃんの家に来てから丁度一週間経った。

「霞、テストいつ?」
「来週の月曜から。」
「いつまで?」
「水曜。勉強しなくちゃ。」
「テスト頑張ってね。」
「うん、義基兄ちゃんはいいよね。」
「何で?」
「テストないじゃん。勉強より仕事のほうが楽しそう。」
「仕事だって大変なんだよ。」

 義基兄ちゃんに数学を教えてもらった。
 男のくせにすごく字が綺麗で、ちょっと羨ましかった。

「義基兄ちゃん、頭いい。」
「別によくないよ。あ、でも少しだけ家庭教師のバイトしたことならあるよ。」
「ホントに?」
「うん。こっちの大学にきて、お金がなかったから。」

 それからもう少しだけ勉強して、俺も義基兄ちゃんも寝た。
 俺はその日の夜、家庭教師をしている義基兄ちゃんの夢を見た。
 生徒は俺じゃなくて他の誰かで、何故だか俺はそのことがすごく不満だった。
 その日からよく俺の夢には義基兄ちゃんが出てくるようになった。





 テストも終わって、後は終業式を待つのみ。
 俺がテスト休みでも、義基兄ちゃんは仕事がある。

「早く帰ってこないかなー。」

 リビングでごろごろしていると、急に雨が降ってきた。
 洗濯ものを急いで取り込んで、開けていた浴室の窓を閉めにいった。

「義基兄ちゃん、傘持ってるかなぁ?」

 朝の天気予報では雨が降るなんて言ってなかった気がする。
 玄関の傘立てを見に行くと、義基兄ちゃんの傘はそこにあった。

「迎えに行こう。」

 俺は義基兄ちゃんがいつも使っている傘と、
 この間買った自分用のビニール傘を持って、近くの駅に向かった。

 駅は迎えの人でごった返していた。
 バスやタクシーを待つ人の列の中に義基兄ちゃんがいないのを確認して、
 駅の改札口から出てくる人を俺はじっと見ていた。

「あ、義基兄ちゃん!」

 しばらくして義基兄ちゃんが帰ってきた。

「霞!どうしたの?」
「傘、持ってないと思って。」
「ありがとう〜。ないからタクシーで帰ろうと思ってたんだよ。」

 俺は傘を渡して、自分の傘を開いた。
 雨の中、家まで二人で歩いて帰った。
 雨の日にこうやって傘を持って迎えに行ったのは、これが初めてだった。



 
「霞、先にシャワー浴びておいで。」
「うん、わかった。」

 家に着いてから、雨のせいでじっとりと湿った髪や、
 少し濡れてしまった体を拭きながら、俺は浴室へと向かった。
 義基兄ちゃんは夕食の支度をしてくれているようだった。

「義基兄ちゃん、お風呂あいたよ〜。」
「あぁ。霞、これ、電子レンジで温めておいてくれない?」
「わかった、いいよ。」

 今日の夕食はハンバーグ。
 手作りじゃなくて、インスタントのだけど。
 テーブルの上には義基兄ちゃんが作ってくれたサラダが乗っている。
 俺はハンバーグを電子レンジに入れて、義基兄ちゃんを待った。 

 自分の家にいるよりも安心してる気がする。
 変な話だけど、家にいるときはこんなに人と会話なんてしない。
 したって、短いやり取りかもしくは喧嘩だ。
 一人暮らしをしていて、大人で、料理が上手くて、字が綺麗で、
 俺に勉強を教えてくれて、すごく優しい義基兄ちゃんが俺は大好きだった。





 夏休みになると、義基兄ちゃんと一緒にいられる時間が少しだけ増えた。
 そのせいか、俺は義基兄ちゃんのことが前にも増して好きになっていった。
 何となく、友達の"好き"とは違うと思っていたけれど、
 まだこのときは、従兄弟だからと片付けてしまっていた。

「霞、夏休みの予定は?」
「友達と遊ぶくらいかなー。」
「じゃぁ今度、海に行かないか?」
「え?!いいよ、行こう!」

 その週末に義基兄ちゃんと俺は海に行って、いっぱい泳いだ。
 その次の週末は、友達と遊園地に行った。
 義基兄ちゃんに教えてもらいながら宿題も進めた。
 その頃から、俺は義基兄ちゃんが言うことやすることが気になり始め、 
 目が合ったりすると、ドキドキするようになった。
 そんなある日、義基兄ちゃんがこんなことを言い出した。

「霞、好きな人できた?」
「え?」
「違う?なんかこの頃、前と変わったかなぁって思って。」

 好きな人はできた。
 もちろんそれは義基兄ちゃんなんだけど、言えるわけがなかった
 
「別に、好きな人なんていないよ。」
「霞はモテそうだよね。」
「そんなことないって。」
「なんかちょっとジャニーズ系じゃない?」
「違う、全然違う。」

 義基兄ちゃんのほうが全然格好いい。
 そう思って義基兄ちゃんを見たらまともに目が合ってしまった。

「霞、どうしたの?顔、赤いよ?」
「な、何でもない!」

 俺はリビングを飛び出して、義基兄ちゃんの部屋に飛び込んだ。
 飛び込んだ勢いで、鍵まで閉めてしまった。

「霞?ごめん、俺、悪いこと言ったかな?」
「別に。義基兄ちゃんは悪くないよ。」
「どうしたの?」

 段々、胸が苦しくなってきた。
 俺は床に座りこんで膝を抱え込んだ。

「霞、ここ開けて。」
「・・・・・・・。」
「霞、ごめんね。」

 義基兄ちゃんは悪くないのに。
 また俺は迷惑をかけてしまう、そう思うといてもたってもいられなかった。
 俺は立ち上がって、ドアをゆっくり開けた。

「霞。」
「ごめん。」
「いいよ。」

 また泣きたくなった。
 でもその前に言わなきゃいけない。
 言わないと、苦しくてどうかなってしまいそうだった。

「義基兄ちゃん。」
「なに?」
「あのさ、俺・・・・、俺さ・・・・」
「うん、どうしたの?」
「義基兄ちゃんが、好きなんだ。」

 義基兄ちゃんから、すぐには言葉が返ってこなかった。
 俺は今更になって、事の重大さに気づいた。
 でも時間は元に戻せない。

「霞、俺も霞のこと好きだよ。でもね、多分、霞の"好き"とは違う。」
「・・・わかってる。」
「・・・・・・・。」
「義基兄ちゃんは、俺のこと気持ち悪いと思う?」
「気持ち悪いなんて思わないよ。霞が俺を好いてくれているのはすごく嬉しいんだ。
 でも、初めての経験だから・・・俺も戸惑ってるんだ。」

 義基兄ちゃんの精一杯の優しさが感じられた。
 俺だって男の人を好きになるなんて初めてだからどうしたらいいかわからない。

「霞が俺を好きなように、俺が霞を好きになれるかどうかはわからない。
 わからないけれど、霞の気持ちは大事にしたいんだ。」
「義基兄ちゃん・・・。」

 それから義基兄ちゃんはこの間みたいに俺を抱きしめて頭を撫でてくれた。





 義基兄ちゃんが優しい人で良かったと思う。
 義基兄ちゃんは俺を受け入れてくれている、少なくとも普通の人よりは。
 毎日じゃないけれど、一緒にお風呂に入ってくれたり、
 起きたときや寝る前に頬にキスをしてくれたりする。
 最初はそれだけで俺も満足していた。
 すごくすごく毎日が幸せでいっぱいだった。
 
「霞、あと少しで夏休み終わりだね。」
「うん。また学校始まったら忙しくなっちゃう。」
「霞がここに来てもう1ヶ月かぁ。」
「そうだね。すごく早いよ。」

 そのとき突然、電話が鳴った。
 もう義基兄ちゃんの家に来て1ヶ月も経って、その間父さんとは一度も口をきいてない。
 そんなことを考えていたときに電話が鳴ったものだから、
 俺は一瞬、父さんからの電話なんじゃないかって思ったけれど、実際は違った。
 電話をかけてきたのは叔母さん―義基兄ちゃんのお母さんからだった。

「もしもし。あ、母さん?どうしたの?そんなに慌てて・・・えっ・・・父さんが?」

 叔父さんに何かあったらしい。
 俺は何だか嫌な予感がした。

「何か、あったの?」
「父さんが、倒れたって・・・」

 義基兄ちゃんはかなりびっくりしているようだった。

「何で?叔父さん、大丈夫なの?!」
「暑い中、無理して働き過ぎちゃったみたいなんだ。今、近くの病院に入院してるって。」
「そうなんだ・・・・。」
「だから、明日ちょっとお見舞い行きたいんだ。霞も一緒に来れる?」
「うん、行くよ。」

 俺だって義基兄ちゃんと同じように叔父さんのことが心配だった。
 明日は何も用事はないし、一人で家に残されるよりはお見舞いに行きたかった。



 
 電車を何本も乗り継いで、義基兄ちゃんと俺は叔父さんのいる病院にむかった。
 途中でひまわりの花を買って、持っていくことにした。
 叔父さんは思っていた以上に、元気がなくてすごく疲れているみたいだった。
 暑さのせいで、あまり作物の実りがよくなくて、ストレスも溜まっていたみたい。
 しばらく療養が必要だということになって、叔母さんは義基兄ちゃんにこう言った。

「義基、会社辞めてこっちで働いてくれない?」
「え?」
「父さんもあんなだし、これから秋になったら忙しくなるだろう?
 それにお母さんの面倒も見なくちゃいけないし。」

 叔母さんのお母さん、つまり義基兄ちゃんや俺のおばあちゃんだ。
 おじいちゃんが死んじゃってから、おばあちゃんは寝たきりになってしまって、
 その面倒は叔母さんがみている。

「すぐに?」
「なるべく早いほうがいいねぇ。」
「そうか、う〜ん・・・」
「会社辞めるの嫌かい?」
「会社辞めるのは、構わないよ。」

 義基兄ちゃんは困ったような顔をして俺を見た。
 俺は、いいよという気持ちをこめて頷いた。
 ここで俺が我ままを言うわけにはいかなかった。
 それでもまだ義基兄ちゃんは迷っているみたいだった。
 
「一回戻って考えてみるよ。なるべく早く返事するから。」

 そう言って、義基兄ちゃんと俺は叔母さんと別れた。
 帰りの電車の中、俺と義基兄ちゃんは殆ど何も話さなかった。





「霞、話があるんだ。」
「何?義基兄ちゃん。」
「座って。よく聞いてね。」
「うん。」

 義基兄ちゃんが何を話すか俺は知っている。
 義基兄ちゃんの部屋にはスーツケースが置いてあった。
 
「霞、やっぱり俺・・・」
「行くの?」
「・・・うん。ごめんね。すごく迷ったんだけど・・・」
「迷うことじゃないって。叔母さん助けてあげなきゃ。」

 本当は義基兄ちゃんと一緒にいたい。
 
「霞・・・。」
「いつ、出発?」
「今度の土曜日に行こうかと思ってる。」
「じゃぁ、俺は家に帰らなきゃね。」
「・・・ごめんね。それで・・・」

 俺の胸がズキンと痛む。
 義基兄ちゃんの言うことが想像できてしまったからだ。

「そろそろ霞にとってただの従兄弟のお兄さんに戻るべきかなって。」
「そうだね・・・・。」

 嫌だなんて、言えなかった。 
 土曜日までは今までと同じようにしてくれると義基兄ちゃんは言ってくれた。
 あと今日と、明日しかない。
 
「明日、会社休みなんだ。だから一日、霞と一緒にいるよ。」

 それだけで俺は十分だった。






 次の日の金曜日、俺と義基兄ちゃんは一日中一緒にいた。
 夜になって、また一緒にご飯を作って食べた。

「明日だね、出発。」
「うん、そうだね。」

 俺は今、義基兄ちゃんの腕の中にいる。
 そんな話をし始めると段々と俺の中の寂しさが増してきて、
 今まで俺が我慢してきたことが爆発してしまった。

「義基兄ちゃん。」
「何?」
「今日だけでいいから、俺のこと抱いて。」

 我ながらすごいことを言ってしまったと思う。
 でもこれはずっと我慢していた唯一のことだった。
 
「いいよ。」

 義基兄ちゃんは承諾してくれた。
 俺に悪いという気持ちがあるからなのだと思う。
 そんな義基兄ちゃんに申し訳ないとは思っても、自分を押し通したかった。
 それだけ俺は、義基兄ちゃんと離れるのが辛かった。






「霞、ごめんね。」

 夜、義基兄ちゃんの声で俺は目を覚ました。
 
「霞は、俺が霞が可愛そうだから抱いたと思っているだろうね。」

 義基兄ちゃんは俺が寝ていると思っているみたいだった。
 俺は寝たふりをしていることにした。

「でも本当は違うんだ。俺の意志で霞を抱いたんだ。
 俺も霞のことが大好きになっちゃったんだ。
 好きで好きでしょうがなくて、何度も言おうと思ったよ。
 でも言ったら、霞のためにならないって思って言えなかった。
 これから大人になる霞にはもっと色んな経験をして欲しいんだ。
 もう13歳だもんね、わかるよね?」

 義基兄ちゃんは泣いているみたいだった。
 それから義基兄ちゃんが部屋を出て行くと、俺は声を押し殺して泣いた。
 寂しいのと、悲しいのと、嬉しいのとで涙は止まることなく溢れ続けた。





 ついに出発の朝がきてしまった。
 俺は昨日の涙で目が腫れていないか心配だった。

「気をつけてね。」
「うん、霞も元気でね。」
「電話してもいい?」
「いいよ。」

 住んでいたマンションは管理人さんに頼んで家具なんかは売ってもらうのだという。
 今日の朝、少しだけ電話して帰ることを告げた。
 新しい母さんは、俺に会いたいと言ってくれた。
 義基兄ちゃんと過ごしたことで、俺の中で何かが変わったのかもしれない。
 駅まで見送りに行った俺は、この後久しぶりに家に帰る。

「じゃぁ、そろそろ行くね。」
「うん、叔父さんと叔母さんに宜しくね。」
「霞も皆に宜しくって伝えてね。」
「わかった。義基兄ちゃん。」
「ん?」
「やっぱり何でもない。向こうでも頑張って!」
「霞もね!」

 大好きだよって言おうと思ってやめた。
 電車が発車して、手を振る義基兄ちゃんが見えなくなっても俺は動かなかった。

 今、俺は13歳。
 それから13年経って、ちょうど義基兄ちゃんと同じ26歳になったとき、
 俺はいったい何をしているんだろう?
 そしてそのとき、39歳になった義基兄ちゃんはどうしているんだろう?
 きっと綺麗な奥さんと、可愛い子供がいるんだろうな。
 俺はその人たちに小さく嫉妬しながら、家に帰るべく改札に向かった。

 これが俺の13歳の夏の思い出。
 初めて人をこんなに好きになった、一生大切にしたい大事な思い出。
 
 
 


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