【 WITH ME 】





 深夜0時、少し過ぎ
 携帯だけを握り締めて、俺は人けのないバスターミナルに立っていた
 今から俺は、ろくに顔もわからない人と一緒に自殺をしに行く
 もう少ししたら迎えが来る予定になっている


「…ん?」


 連絡用に持っていた携帯が着信を知らせる
 今日初めて会う人たちには 番号は知らせていない


「誰?」


 見慣れない番号
 俺は不思議に思いながらも、受話ボタンを押した


「…もし、もし?」
「もしもし?高槻(タカツキ)だけど…」
「え?あの…」
「えと…」

 
 聞き覚えのない名前、それに声
 相手も間違えたことに気づいたらしい


「半井(ナカライ)ですけど…」
「すいません、間違えました」


 よりによってこんなときに、そう思った
 しばらくして、また電話がかかってきた


「もしもし?」
「あの…」


 また、あの人だ


「す、すいません…あの、そちらの番号を教えてもらえませんか?」


 俺が番号を言うと、その人はお礼とお詫びを連呼して電話を切った
 久しぶりに電話を通じて会話をした
 そうしたらなんとなく気持ちがそれて、気づいたらバスターミナルから歩き出していた


 メールで一言「すいません」それだけ打った


「まったく…」

 
 たった1本の電話で、気持ちが変わってしまうなんて
 この時間じゃ電車はもうない
 第一、死ぬつもりで来たから お金なんて一銭も持ってない
 しかもアパートにはそれらしいことを書いて、片付けをしてしまった
 帰る家もないのに、何をやってるんだか
 さて、これからどうするか・・・


「また…」


 また電話が鳴った
 番号を見れば、さっきの人
 

「もし、もし…」
「あのー…やっぱり、間違ってますよね、ごめんなさい」


 電話の向こうと現実と 声がダブった
 顔を上げると、電話をしながら頭を下げて謝っている人がいた


「あの…」
「え?え、あ…す、ごい偶然ですね」


 それが高槻玲人(タカツキレイジ)さんとの出会いだった
 考えてみると スゴイ確率の本当に運命的な出会いだった



















「翔太、今日何がいい?」
「何でもいい」

 
 雑誌から顔を上げないで、俺は返事をする
 そんな俺に 高槻さんは小さく溜息


「じゃぁ冷やし中華とか」
「冷やし中華?…作れるかなぁ」


 あの日から俺は高槻さん家に居候
 ちょっと前に奥さんに逃げられた高槻さんと自殺し損ねた俺

 俺が自殺しようと思ったのは、男の恋人に捨てられたからで
 高槻さんが奥さんに逃げられたのは 実は男も好きだとバレたから


「買い物、行く?」
「うん…麺と卵がないからね」


 連れ立って買い物に行く
 高槻さんの家は 俺が住んでいたところからは離れてたから
 知り合いにも 元恋人にも きっと会わないはず
 そう思うから 平気で腕を絡めたりもする


「翔太…」
「いいじゃん」


 高槻さんはいわゆるヘタレだ
 かなり細身で背もそこそこにあって、日本人らしく黒髪で、
 もうちょっと30に手が届くとは思えないほど若々しいのに
 
 ヘタレ、なんだよ

 俺が強気な姿勢でいると、すぐにちょっと困ったような顔をして
 俺のことを甘やかしちゃう人だから


「ちゃんとお金持ってきた?」
「……」
「え?」
「持ってる、持ってる」


 買い物の途中で冷やし中華の具のことで、少しもめた
 結局 俺の意見が通って、油揚げが入ることになった
 ハムよりも、だしの染みた油揚げのほうが絶対イイ


「翔太も作るの手伝ってね」
「うん」


 こういうのが平凡だと思う
 こういうのが幸せだと思う

 それを高槻さんに言ったら、そうだねって笑顔で返された












「ねぇ、翔太」
「ん?」


 高槻さんが俺の髪を触る


「一番最初に染めたのっていつ?」
「高1…だったかな」
「へぇ」


 染めすぎてフワフワ気味の俺の髪
 高校出てからは、大学生にならないでフリーターをしていた
 バイト先も転々として、それなりに恋愛なんかもしてみたわけで
 その気分で茶色くしたり黒くしたり、時には金や銀にもしてみたり・・・
 今は、ちょっと明るめの茶色で落ち着いている

 それに比べて、手の入ってない高槻さんの髪はしっとりサラサラ


「俺、髪パサパサ」
「染めすぎ」
「高槻さんも染めてみたら?」
「そう?そのほうがいい?」
「やっぱり黒髪のほうがいい」
「…そう」


 高槻さんを振り回して遊ぶ俺 俺に振り回される高槻さん
 そういうところがヘタレで そういうところが可愛くて そういうところが好き


「何、笑ってんの?」
「高槻さん、可愛いなぁって」
「可愛いとか、言うなよ」


 高槻さんはちょっとだけほっぺたを赤くして、俺をにらんだ
 だけどちっとも にらめてなくて、どっちかっていうと拗ねてる感じに見えてしまう


「にらめてないよ」


 俺がそういうと、高槻さんは悔しそうな目で俺をみて、それから笑った
 また、幸せだと思った
 ずっと続けばいい、ずっと高槻さんといられたらいい、そう思った
 そのまま言葉にしてみたら、高槻さんは、俺もだよと返してくれた

 胸が熱くなる想いが した






















 暑い、夏だから当たり前のことだけど、暑い
 高槻さんが仕事に行っている間、本を買いに行くことにした
 
 買いに行くのは料理の本
 俺のわがままを叶えるために 高槻さんは料理本を買うはめになった
 高槻さんが料理本を片手に あーでもないこーでもないって言いながら
 一生懸命に料理を作っている姿を想像すると 俺の口元が緩む
 

「楽しみー」


 もちろん普段だって手伝いはするし、時には自分で作るけど
 やっぱり高槻さんが作ってくれたほうがいい

 自転車に乗って坂道を下って、結構スピードが出ていたと思う
 目的の本屋まではあと少し、車が通る音もしない
 
 そのときだった
 何か、小さいものが不意に飛び出してきて


「わ――!!!!!!!」


 慌ててハンドルをきってバランスを失った俺は、熱い地面に放り出された
 

「いってぇ…今の、何?」


 クラクラする頭を持ち上げて、後ろを振り返った
 道路の真ん中、俺が自転車で走った辺りに小さな何かが転がっていた
 痛む足に顔をしかめて、近づいてみると、子猫だった


「…」


 轢いたわけじゃなかった
 ただ、避けきれなくて、はねてしまったみたいで
 息は、ある 怪我は 外からはないように見える

 でも、動かない


「…どうしよう」


 俺は途方にくれてしまって、足から血が流れてるのも気にならなかった
 病院に連れて行かなきゃ、そう思って子猫に手を伸ばした

 そうしたら、俺の手よりも早く、母猫が子猫を咥え上げた


「あ…」


 病院、連れていかなきゃ
 そう思って手を伸ばしたら、母猫は毛を逆立てて俺を睨みつけてた
 すごく、責められている気がした


「ごめん…」


 母猫の後姿を見て、零れ落ちたのはこの一言だけで

 俺は本屋に行くのをやめて、そのまま家に帰った
 それから高槻さんが帰ってくるまで、泣いていた

















「ただいま」


 高槻さんが帰ってきた
 泣きすぎたせいで、視界はぼんやり、息は苦しい、声は聞こえない


「翔太?いるなら、おかえりくらい…翔太、どうした?」


 俺はぼぉっと高槻さんを見上げた


「怪我、どうしたんだ?!この、怪我!」
「あぁ…」


 もうすっかり乾いて固まった血が、足に残っていた
 それを見下ろしていると、さっきのことが押し寄せてきて、それと一緒に、涙も押し寄せてきた

 かなり要領の悪い説明を、高槻さんはゆっくり聞いてくれた


「翔太が悪いんじゃない、運が悪かっただけ」
「でも、俺が、とばしてなかったら…」
「翔太は、悪くない…」


 怪我の消毒と手当てをしてもらった
 優しく抱きしめてもらった、慰めてもらった
 それでも俺の心のほうはボロボロのままで、昔の気持ちがまたやってきた


「ねぇ…高槻さん」
「ん?何だ?」
「もし俺が、一緒に死んでって言ったら、高槻さんはどうする?」
「え?」
「そしたら、ずっと一緒にいてあげるから」


 意味不明なことを言った
 高槻さんは、それを聞いても、冷めたような目で俺を見たりはしなかった
 怒鳴ったりもしなかった
 だけど笑い飛ばしたりも しなかった

 真剣に俺を見て 静かに言った


「もし俺が、一緒に生きてくれって言ったら、翔太は何て言う?」


 言葉がなくなった
 その言葉の意味を理解するまで、時間がかかった


「どういう…」
「ずっと一緒にいて欲しい、死ぬなんて言わないで欲しい、俺が翔太のこと、まむ…」
「……ブッ」


 高槻さんはやっぱりヘタレだった
 こう、気持ちが前に出すぎちゃったんだろうけど
 人生で、一番大事かもしれない台詞で噛んだ
 だけど、そのせいで俺の心が緩んだ


「…ま、守るから」
「うん…」


 抱きしめられて、抱きしめた
 ヘタレでも、高槻さんが好きだと思った
 俺は、この細い腕に守られて、これから生きていくんだなって思った















 高槻さんと恋人になった
 恋人になっても高槻さん、そう呼んでいた
 恋人になったら、独占欲が結構強いことも知った


「ねぇ、高槻さん」
「ん?」
「前の奥さんも、こうやってずっと離さないでいたの?」
「え?」
「電話とかメールにも嫉妬しちゃったりしてたの?」
「…」


 高槻さんは 気まずそうに笑った


「いいよ、俺は、そういうの好きだから」
「そうか?」
「しっかり捕まえてないと、とんでっちゃうからね、俺」


 暑い日だった
 プロポーズみたいなことを言われた日くらい暑かった
 例の事件があった坂、今日は二人で本屋へ向かう


「あ!!」


 道路わきに猫が2匹、ちょこんと座っていた
 俺がはねちゃった子猫と、その母猫
 子猫はあの時よりも、一回り大きくなっていた


「よかった…」


 高槻さんにそのことを話して、猫たちに手を振った
 俺の隣で高槻さんも、猫たちに笑顔で手を振った




 こうやって 俺の新しい時間が始まった
 ヘタレだけど大好きな、高槻さんの細い腕に守られて....


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