【不器用な愛し方】





「メリー、何してんの?」

「考え事。」

「落ちたら死ぬよ」


 メリーがいるのは、フェンスの向こう
 
 東京の白い空の下、淀んだ空気の上に足を乗せて。

 学校の淵に腰掛けて、メリーは大好きな考え事をしてる


「死んだっていいよ。誰も困らないから」

「俺が困る」

「困らなくていいよ、ウルフ」

「困る、俺にとってお前は誰よりも大切だから」


 一本調子に俺は言う

 ネガティブで、起伏のないやりとり

 まるで、俺たちの日常の縮図がここにあるみたいだ


「何、ソレ?」

「そのまんま。ひいた?」


 言葉に嘘はない

 こんな嘘をつく優しさも勇気も、俺の中には存在しない

 しばらく押し黙った後、メリーは言った


「ぅうん…落ち着いた」


 メリーが地に足をつけた

 それから俺の胸に飛び込んで、服を乱暴に握り締める

 俺はメリーを抱きしめて、空を見上げた

 やっぱり東京の空は白かった。

















 メリーと俺が出会ったのは、高校2年、中だるみ絶好調の4月だった

 メリーは窓際一番後ろ、俺は教室のド真ん中の席

 今でもそうだが、クラスの中で俺たちは会話を交わさない

 何故って、秘密の関係だからだ



 …冗談、メリーが人と交流を図らない人種で

 俺が、休み時間になれば隣近所のヤツと群れる人種だからだ

 屋上の右奥、給水塔の裏側のサボリスポットだけが共通、だけどメリーは見抜いた


 俺の中にある、俺の本性を。

 一人でいることを限りなく好む、人を認めない、そんな本性を。

 だから、メリーが好きになった

 俺の中の、俺に気づいた、気づいてくれた

 メリーは俺が認める、唯一の『人間』だ



 言うまでもないが、メリー、それからウルフは俺たちのあだ名

 俺たちの間だけで通じる、秘密の、あだ名だ

 出会った頃に交わした、意味不明の些細な会話



『僕は寂しがりやの狼で、君は仲間を嫌う羊なんだ』
『お前が狼?俺が羊?似合わないよ』
『そうだね…前言撤回するよ、僕は群になじめない一人ぼっちの羊で、君は羊の群に身を隠した狼』
『そのほうが互いにお似合いだ。お前はメリー、俺はウルフ』
『何ソレ?』
『これからそう呼び合うための名前』
『……そういうくだらないのも、楽しいかもね』



 だから俺たちはメリーとウルフ

 メリーは感性が人とは違う、我が道を進む人間で

 俺はごくごく普通の人間の皮を被った、変人だ

 メリーはそれを『狼の皮を被った羊』と言ったけど


「今、何時?」

「多分…5限がもうすぐ終わるトコ」


 さり気なく、だけど普通に俺たちは授業をサボってる

 俺たちにとって、さして珍しいことじゃない

 白い空の下、こうして屋上でメリーと語らうのは悪くない

 『人間』と話すときほど、安らぐ時間はないものだ


「6限はどうする?」

「さぁ…ウルフが決めて」

「サボる」

「今の結論が出た最大の決め手は?」

「メリーと一緒にいたいから」

「……」

「ん?」

「…ありがとう」


 およそ感謝のカケラもない声で、メリーは言った

 それから俺たちは給水塔の裏に移動して、居眠りに耽った

 お互いに肩を貸し合って、何となく手を握り合ったりして、居眠りに耽った













 それから数日経った

 相変わらず、メリーは我が道を突き進んでいた

 相変わらず、俺は『人間』と認めない友達の中で笑っていた

 昼間に学食に行ったときに、俺はふっと思った









 そういえば、メリーに告白してないな









 別にキスがしたいわけじゃない、セックスだけの関係も望まない

 かといって、青春らしい甘酸っぱい想いを抱いているわけでもない

 ただ、何となく言うべきことだと思った

 大切だ、一緒にいたい、そんなことはいくらでも言ってきた

 でも、好きとは言ってない

 言おうかな、今日の放課後あたりに…

 俺は、そんな決意を胸に秘めて歩き出した、学食のおばちゃんのほうへと。
















「何?」


 放課後に、メリーを給水塔に呼び出してみた


「好きだ」

「……」


 メリーは無反応、予想通りのことだったけど

 俺は言葉を続ける


「俺はお前が好きだ、自分よりお前が大切だ、つまりは愛してる」

「自分が二の次とか、嘘でしょ」

「嘘じゃないよ」


 メリーの瞳には疑いがぎっしり詰まってる

 黒目がちの大きな瞳の中では、俺が揺れている


「嘘」

「嘘じゃないよ」

「それは不公平だよ」

「ん?」

「好きとか愛してるとか言わないでよ」

「ナンデ?」


 ちょっとおどけて聞いてみる

 そしたら意外にもメリーは目を伏せて、顔まで下にして、早口に言った


「だって好きとか愛してるとか言われたら、僕はウルフを好きになっちゃう。
 ウルフのことを愛しちゃうよ。そしたら、今よりももっと迷惑をかけちゃう。
 好きになったら独占したくなる、束縛したくなる。」

「どうしたの?メリーらしくもないね」

「黙って聞いてよ。ウルフは人間だから、きっと僕から離れていく。
 人間だからいつかきっといなくなる。だから、好きとか愛してるとか言わないで。」


 メリーはそっぽを向いた

 俺は肩を掴んで、無理やりに目を合わせた

 メリーの瞳には戸惑いがぎっしり詰まっている

 黒目がちの大きな瞳の中では、涙の光が揺れている


「いいじゃん。独占・束縛大歓迎。ずっと一緒にいてやるよ」

「嘘つかないでよ、無理しないでよ」


 メリーは俺を睨む

 睨んだら目が少し細くなったから、涙がポタと落ちた


「愛ってのは基本が束縛・独占でしょう。一緒にいようよ、死ぬまでね」


 俺は大げさに笑顔をつくってみた

 死ぬまでなんて、そう難しいことじゃない

 一緒にいれなくなったら、死んじゃえばいいだけのこと

 死にたくなけりゃぁ、交通の便が発達してる現代だ

 バスでも電車でも船でも飛行機でもロケットでも、とにかく乗って消えればいい


「それにね」


 メリーをぐっと抱き寄せて、その耳に唇を寄せる


「俺は人間じゃないよ、メリー。俺は羊の皮を被った、狼だよ」


 羊のメリーは諦めた

 俺にしがみついて泣いた

 好きだ、愛してる、狂ったように言った

 俺もそれを復唱しながら、メリーを抱きしめた


「愛してる、メリー」


 こんな日でも、東京の空は白かった













 今までと、何も変わってないように見える

 キスしても、セックスしても、

 メリーと俺は、メリーと俺のままだった

 あの日の誓い、俺は守り抜きます


「メリー、愛してるよ」

「うん…愛してる」


 べったりとした時間、やっぱり場所は給水塔の下

 そろそろ秋がやってきて、ここにマフラーとホカロンを連れてくる季節になる


「今ここで」

 
 メリーが、言葉をこぼす


「僕が死ぬといったら、ウルフはどうする?」

「もちろん、誓い通りに死にます。俺たちは死ぬまで一緒ですから」

「じゃぁ、死ぬなんて言わないよ」

「そう、それでいいんです」


 おどけた俺をじっと見て、メリーは視線を元に戻した

 メリーに目を反らされて、行き場のない俺の瞳は空を見た

 なんか空を見る癖がついたらしい




 東京の空は、今日は少しだけ青かった












 






アクセス解析 SEO/SEO対策